南部解放の日
~ベトナムの4月30日~

2016年04月29日公開

4月30日は、 南部解放の日(Ngày Giải phóng miền Nam) 、または 統一の日(Ngày Thống nhất) にあたります。日本語では一般的に、南部解放記念日と訳されています。第二次世界大戦以降、長年にわたり分断されていたベトナムが、1975年のこの日に統一されました。

翌日5月1日はメーデーの祝日。ベトナムの祝日数は年間10日間しかありませんが、テト(旧正月)の以外で毎年必ず連休になる唯一の機会です。2016年は土日が重なって振り替え休日となったため、公務員と多くの企業が4月30日~5月3日までの4連休となりました。
 

南北分断、そして南部解放

ベトナムはフランスの植民地となっていましたが、第二次大戦中はドイツに敗北したフランスに成立したヴィシー政権と日本の二重統治に。そして第二次世界大戦終結を受け、1945年8月17日にベトナム八月革命が起こり、9月4日に 社会主義国家「ベトナム民主共和国」 が成立。ホー・チ・ミン氏が初代国家主席に就任します。

しかし、1946年になるとフランスは再びベトナムへの支配を強め、ベトナム南部にフランス傀儡国 「ベトナム国」(南ベトナム) を成立させます。これにベトナム民主共和国が対抗して第1次インドシナ戦争が勃発。米国の支持を受けていたフランスがディエンビエンフーの戦いで敗北し、1954年7月21日にジュネーブ休戦協定で戦争は終結しました。

このジュネーブ協定では、 北緯17度線 を軍事境界線として、ベトナムを北の共産主義国と南の親西側陣営国に「一時的に」分割し、両軍の兵力分離を図ってから全国統一選挙を実施するということになっていましたが、米国と南ベトナムが調印を拒否。その後、南ベトナムでは米国の支持を受けたベトナム共和国が成立し、以降1975年まで分断国家の状態が続いていきます。

冷戦を背景に米国が軍事介入したことで泥沼化したベトナム戦争ですが、1973年に米国が全面撤退を決めます。同年のパリ和平協定で「停戦」が謳われたことなどで全面攻撃を踏みとどまっていた北ベトナムですが、1975年3月から全面攻撃を開始。米国からの大規模な軍事支援が途絶えていた南ベトナムは十分な抵抗ができず、中部から南部に向かって主要都市が次々陥落します(そのため各地に「解放記念日」があります)。南北の和平交渉は続けられていたものの、南ベトナムの大統領が次々と変わる事態となり決裂。 4月30日朝、前日に就任したばかりのズオン・バン・ミン大統領が大統領官邸からテレビとラジオで無条件降伏を宣言した後、午前11時30分にベトナム軍の戦車が大統領官邸(現在の 統一会堂 )に突入。 南ベトナムは崩壊しました。これが「サイゴン解放」=「南部解放」です。


© VIETJO Life

南部解放記念日の看板。サイゴンにやってきた北ベトナムの戦車を、人々が旗を振って迎えています。現在のベトナム国旗が全面赤地なのに対し、この看板に描かれている旗は上半分が赤色、下半分が青色。南北が分断されていることを表しています。この旗は、1960年に南ベトナムで結成された反南ベトナム・反米組織「南ベトナム解放民族戦線」のもので、南北統一後一時的に南に成立した臨時政府「南ベトナム共和国」の国旗となりました。1976年6月24日にベトナム戦争後初の南北統一国会が招集され、7月2日の国会決議で正式に「ベトナム社会主義共和国」と国名を変え、南北統一が成し遂げられました。


© NgBK, 大統領官邸突入の瞬間を捉えた写真と突入に使われた戦車レプリカ(統一会堂にて)
 

中部各省・市の解放記念日

南部では各省の解放記念日は南部解放記念日と一緒になっていますが、中部では別途記念日が設けられており、各地域独自の祝日として会社や学校が休みになる場合があります。

主な省・市の解放記念日は別に次のとおりです。日付を追って北ベトナム軍が制圧してく様子がわかります。

◇3月10日 ダクラク省
◇3月16日 コントゥム省
◇3月17日 ザライ省
◇3月19日 クアンチ省
◇3月23日 ビンフオック省
◇3月25日 トゥアティエン・フエ省
◇3月29日 ダナン市
◇3月31日 ビンディン省
◇4月2日 カインホア省
◇4月3日 ラムドン省
◇4月16日 ニントゥアン省
◇4月19日 ビントゥアン省
 

南部解放記念日には何がある?

舞台となったホーチミン市や首都ハノイをはじめ大都市で記念式典やイベント、歌謡ショーなどが開催されます。但し、共産党が主導となるイベントで娯楽性は高くないため、一般の人々にとっては、数少ない連休で、心置きなく遊びにいける日というイメージのほうが強いかもしれません。国内の娯楽施設や観光地はどこも大混雑します。年中ほぼ無休で営業している屋台や個人商店もこの日はお休みだったりします。

そして、市民が一番楽しみにしているのは 花火 かもしれません。ベトナムでは花火の打ち上げに厳しい規制があるため、大きな打ち上げ花火が上がるのはテトと南部解放記念日、 建国記念日 ぐらいです。ホーチミン市では30日の夜9時から15分間打ち上げられます。また、他の省・市ではそれぞれの地域の「解放記念日」に花火が打ち上げられることがあります。

>>ホーチミン:4月30日の南部解放記念日、4か所で花火打ち上げ
>>サイゴンで花火をみよう ~理想的な場所9選~


© NgBK

すべてのベトナム人にとっての「解放」ではない

南北統一は北が南を解放するという形となっていますので、解放戦線に共鳴していた人々を除き、南ベトナムの人々にとっては戦いに敗れた日でもあります。戦後にベトナム国外へ逃れたベトナム人たちは、この日を「サイゴン喪失の日」と呼んでいます。北ベトナムを支持していた人々にとっては待ち望んだ喜びの日ですが、南側の人々にとっては悲しみの日であり、敗北を目の当たりにし、戦後苦難を経験した人々が今もまだ健在です。戦後40年余り経って、戦争を知らない世代が多数派を占めるようになってきているとはいえ、複雑な心情を抱え続けている人たちがいるのだということを知っておいたほうが良いでしょう。
 

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